楠の宮さん

楠御前八柱神社

先日、浜島町南張地区で例大祭が催されました。当日は台風並みの強風でしたので参拝は見送り。タイトルのように古くから近隣の村村から親しみを込めて崇められてきました。

私も小学生の頃、寒い中徒歩で舗装していない片道約3キロメートルの道を歩いて行きました。当時は近隣から多くの参拝客が来ていて露店で賑わっていました。クルマの少ない時代でしたから、時はゆったりと流れていたように思います。

志摩市観光協会HPより

「この神社の起源は、十二代景行天皇の頃神宮に奉仕することになった久須姫が、神宮へ御納めする食料を得るために御食つ国(みけつくに)、志摩へ御使いになりました。有る小さな村に来ると、打ち寄せる波の見事さに魅かれこの村を浪張りと呼ぶことにしたそうです。これが南張と言う地名になったと言うことです。
その後姫は南張に住み着き、九十余歳の年を全うしてお隠れになったために、漁民ら村人達は姫の徳を称えてその地に楠の木を植えて祀ったのが楠の宮の由緒です。」(同上協会HPより借用)

久須姫は、伊勢の神宮の地を探し求める旅に出た倭姫(ヤマト姫)の姪で三代目の斎王でした。私はこの歳になるまで以上のような背景は知らずでしたが志摩の国が神宮に奉納する食材の源であった、また今でもあることを誇りに思います。大祭の日には神楽を奉納に神宮から巫女さんが来るそうです。

以前もブログにアップしてますが・・・

南張江戸時代地図(海側の南から)

昭和10年南張(西から東方向)

🟥印が楠の宮の位置

楠の宮さんは村の中央に祀られています。堤防は多分戦後に造られたものだと思われます。絵図と昭和初期の写真からわかるように堤防などという無粋なものなく松林と砂浜が織りなす風光明媚な景色だったことが窺えます。久須御前もこの風景に魅せられて後世を過ごされたのだと思います。

END

 

ノイキャン付き Bluetooth イアホンを使ってみた

iMore Bluetooth Earphone

写真で謳っている「ノイズの無い」の意味は、外部音キャンセル機能のことで通勤通学時に使用するとスマホからの音楽などが完全ではないが外部音が遮断されて聴けるというもの。写真にある、この言葉を含む他の専門的な単語の説明は省く。価格の高いもので約5万円まである。このようなものはスマホまでそれなりに対応していないと十分な効果を期待できないし、たかが無線イヤホンに5万円近くも投資するのは馬鹿げているのでAmazonレビュー見て、ノイキャン機能がそこそこ確認できるという安いものを購入した。( 約4,000円也。モデル名:iMORE D2 。)  

 

実際のノイキャン効果:

 音楽を聴きながら車道脇の歩道を散歩した。初めてだったので自動車が脇を通過する時の音に違和感を感じた。それは・・・自動車が二、三台続けてやって来たがそれらの騒音が、イヤホン付けていない時に電気自動車が走り去るような音だった。それでやっと外部音がとりわけ低音が遮断されていることに気がついたのである。使い方のお勧めは新幹線内や軽自動車内でスマホ音楽を聴くこと。両者は車内音が大きいので効果あり。ある程度音楽に没入できるので聴いている時、人に話しかけられたら音楽をオフにした方がいい。

 

註:本モデルはノイキャン機能はある程度期待できるが音質は期待できない。ボーカルが引っ込み気味、低音に迫力がないなど不満。全てに満足するなら高価なものを選ぶか、評判の良い比較的安価なものを探すこと。

鷲の歌(海音寺潮五郎作品)と琉球国

安政年間、琉球王国は日中両国に従属させられ苦渋の中にあった。王朝高官は二派に分裂し将来への確たる展望を見出せない。折しも対外貿易拠点としての利用を目論む薩摩藩主、島津斉彬の圧力がこの島国を襲う。←上の帯写真から抜粋
(二派とは親中国派と親薩摩派。この時期、浦賀よりも早くペリーが来航している。ジョン万次郎も琉球経由で再入国している。)この本は史実を元に脚色されたもので両派のせめぎ合いを描いている。結末は斉彬の急死により新薩摩派が追い落とされる。***著者は旧薩摩藩、鹿児島県出身。

琉球王国は明治初期まで約450年続いた王政国家。江戸初期に薩摩藩に侵攻されるまでは中国・明、清と朝貢貿易、又は他国との中継貿易で栄えた。薩摩藩による収奪は約250年続く。
明、清時代を通して経済的、文化的に恩恵を受けており薩摩藩には面従腹背的な所があった。明治政府が軍隊を派遣、琉球王を東京に強制連行し国としては消滅したがこの時、清国に亡命した高官たちもいた。

祖先は西進した日本人とされたがDNA鑑定の結果、ネイティブ日本人。琉球の歴史は鎌倉時代末期から始まるとされ、すでに仮名文字を使用していたようで室町時代の仮名文字の公式文書も残っている。言語学的には日本語方言で文法は当然同じ。戦後、米国の支配下にあったし基地問題もまだあり嘗ての小国の悲劇が続いていると言っても過言ではない状況。

C国が尖閣はこちらのものだ返還しろと言って連日領海侵犯しているが、最近は「琉球特別自治区準備委員会」を立ち上げ、ウィグル、チベット自治区みたいにしようと目論んでいる。領土欲に限りない独裁国家。そのうち嘗て朝貢貿易していた朝鮮も対象となってくるのでは。

どの国にも反体制派は存在する。この衆議院議員選挙でも反体制、親中派と体制派の戦いだった。今回の選挙結果は沖縄県も同じで反体制、親中派オール沖縄」推薦の議員が全区を支配していたが全て落選して「オールゼロ」となった。

日本について

以下はジャーナリスト門田隆将氏のYouTubeチャンネルをまとめたもの。

世界史対照表

表からわかることは日本は国家の成立から現在に至るまで(図の下、ピンクの箇所)国名が唯一変わらず約2000年続いてきた国。このような例は上図を見てわかるように無い。これの意味するところは国家の権威と権力を分離するという先人の知恵の賜物である。時の権力者は変わっても権威の象徴である天皇を抱くことで日本という国が維持されてきた。豊臣秀吉徳川家康は最高権力者になれても天皇にはなれなかった。それは皇系*1に組み込まれる事ができないからである。男系男子が継承する原則を延々と天皇家が引き継いできているからであり、これが途切れるということは極論すれば日本という国を危うくすることになる。

つまり天皇制を廃止したい連中の思うツボである。とりわけ日本共産党。以前は天皇制廃止論が原則だったが最近は女性・女系天皇を認めてきている*2。この理由は、男系男子が継承するということがなくなり(血筋が絶え)ひいては天皇制廃止への道をつけることになるからである。

「男系男子が継承する」ということは、天皇の父親を辿ると神武天皇(ここまで行くか?・笑)に行き着く。女性・女系天皇を認めるとなると父親を辿る血筋が途切れてしまう。ただし、ワンポイントでの女性天皇は嘗てあった。(持統天皇斉明天皇など8名)それは皇太子が未成年である場合に限られた。

皇族方が少なくなってきているので女性・女系天皇をという声があるが男系男子の血筋を維持する旧宮家がありこれを復活させる方が現実的である

 

*1皇系(こうけい)」とは、天皇の血筋や血統、つまり天皇家の系譜そのものを指す言葉で、皇統(こうとう)とも言います。具体的には、天皇を頂点とする天皇の一族(皇族)の血筋の連なり(男系男子が継承する原則など)を指し、その系譜に連なる一族(皇族)や、過去に皇室から臣籍降下した旧皇族とその子孫も含まれることがあります。ーーーAI検索による

*2 憲法学者でありバリバリの共産党員の某・東大名誉教授が雑誌に投稿した。

++++動画中のエピソード++++

今上天皇即位式に招待された諸外国要人は、ハイテクノロジーを有する国が伝統あるしきたりを延々と今に伝えているのは驚きである等々。(これは日本人が社会秩序・伝統・歴史を守り抜いてきた所以である。)

+++++以下は動画と関係ないこと+++++

人口統計学からソビエト連邦の崩壊を予言したエマニュエル・トッドは最近以下のことを述べている。中国・日本・欧米を比較して、生き残るのは日本だと。中国はまだ成立して75年で経済的崩壊の危機、少子化が急激に進んでおり成人男女比が歪(いびつ)で結婚できない男性が多く社会不安につながる。日本の少子化は調整過程のもので直系家族制度や継続・継承などの価値観が社会基盤を堅持している。欧米は個人主義移民問題があり社会的分断が進んでいる。日本は米国追随や中国バブルに巻き込まれず独自路線を取るべき時期に来ていると。(詳細はYoutube参照)

*******感想など*********

トッドがいみじくも語っている直系家族制度云々と天皇制の皇系は似ている。

東大名誉教授には権威を振り翳して民衆をたぶらかす輩がままある。地震学者の島崎東大名誉教授もそうで、自身が提言した南海トラフ地震の時間予測モデルが間違っていると言い出した。そもそも地震予測に多額の税金を投入した挙句、予知は不可能と結論づけたはずだが・・・・。

End.

続・「あきない世傳」と私

特別巻上・下  下巻は2024年3月刊

初巻が2016年なので8年にわたって書き下ろされた。シリーズの最終13巻から、主要登場人物たちのそれぞれのその後を描いており、第十三巻で描き切れなかった部分を補完する内容となっている。

主人公、幸は種々の困難に巻き込まれつつ五鈴屋江戸店を軌道に乗せた後、江戸から天満本店に戻り、九代目徳兵衛を補佐する。最終章では九代目と共に伊勢参りに出向き、五十鈴川のほとりで若い初代徳兵衛がどんな思いで郷里を後に大阪へ旅立ったのだろうと思いを馳せる場面が描かれている。(この辺の描写は短い文章であるが秀逸と言ってもいい。)

作者は後書きで「困難や理不尽を乗り越え、難儀な人生をともに歩んでいく・・・・そんな存在のシリーズでありたい、と強く願っている。」としている。

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私は主人公、幸のように江戸から大阪に戻ることなく、昨年故郷の奥伊勢に帰りました。

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追補:本作品は、呉服太物商を扱うので、絹織物や綿織物、染め物の色表現など専門用語が多数出てくる。織り方はさておいても、「染め」から生まれた色表現には多数あることを教えられた。作者はこれを利用して、朝夕の空の色変化の表現に用いている。(はなだ色、とき色など)   

End.

高田郁著「あきない世傳・金と銀」と私

2022年完結・全13巻の長編時代小説
江戸時代、大坂、江戸を舞台に女主人公が呉服商いで活躍する様を描く。
以下私なりの簡単なストーリー展開。(レビューはAmazonでどうぞ。高評価です。)
 
① 主人公、幸の生まれ育った地が現在の西宮市で甲山、武庫川を見て育つ。
 
② やむなき事情で9歳で奉公する大坂天満の五鈴屋。興した人は伊勢出身で
 屋号は五十鈴川由来。
 
③ 女中奉公の身で番頭に商いの才能を見出され店の跡取りの嫁となり店主を支えて
 店を立て直す。その後、江戸店を浅草田原町に開く。
 
④ 江戸小紋を庶民のものとすべく型付け師(染め職人)と伊勢白子の型彫師(型紙職人)を巻き込んで成し遂げる。
 
⑤ ( 染めに使われる型紙は三重県の白子が当時の主産地、型紙生地は岐阜美濃紙。
 今はその伝統を引き継いで切り絵細工として残る。)
 
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私がこの作品に出会ったのは巣鴨図書館前に置いてあった除籍本カート。10巻目くらいだったと思う。新しい本なのにと思い持ち帰る。内容が面白くて初巻から読んだ。
以前にも紹介したが私の今まで歩んできた道を辿るような地名が登場するので思い入れのある作品となった。
以下は上記番号に関連する私の足跡:
 
① 私の子育ての場所は、武庫川対岸で甲山の望む地。武庫川までは散歩コースだった。甲山へは初日の出を見に行ったり、六甲へは幾度となくハイキング。
 
② 天満を含む大阪市内は、サラリーマン時代通勤経路であり、転職してからは本町勤務したので飲み歩いた心斎橋など作品に出てくる地名は懐かしい。伊勢は地元と言ってもいいかな。
 
③ 大阪本町から単身赴任で江戸へ(中央区月島30数年前)。勤務地は、田原町に近い上野御徒町。その後フリーランスになってからは、チャリで江戸時代呉服商の多かった日本橋近くにある区立スポーツセンターへ秋葉原経由でよく通った。
 
④⑤ 白子は私の母校のある地。社会人になるまで型紙の産地であった事は知らなかった。最終学年の時は、近鉄白子駅近くに下宿していた。白子は徳川家康が「本能寺の変」の時、海上へ逃れた地なので重要視され、江戸時代紀州藩飛地となっていた。電車で通過するだけとなった白子だが、旧市街の海側は昔とほとんど変わっていない。反対側は大型スーパーやマンションが立ち並びその昔、田んぼだらけだった地が様変わりしている。

END

開村後初の行幸啓

我が集落がいつ発生したか知りませんが有史後、初めてのお越しです。限界集落に住む人々にとっては大事件で次回は無いに等しいかと思います。

 

明日、11月9日(日)「全国豊かな海づくり大会」にご臨席になります。

会場へは招待者のみで地元民は限られた場所での奉送迎です。

会場全景 白いテント群

僻村に巡視艇が来るのは2016年の伊勢志摩サミット以来。

会場設営は最後の仕上げ中です。